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ハシモトシンヤ[橋本真也](1965-2005)


▼岐阜県出身
▼1965年7月3日
▼183cm130kg
▼新日本→ZERO-ONE→フリー
▼橋本大地の父




橋本真也の略歴

1984年9月、新日本プロレスからプロレスデビューする。

1987年、主にカナダに遠征する。

1989年、アメリカ・テネシー州に遠征する。

 

闘魂三銃士結成・トニーホームとの異種格闘技戦・天龍源一郎との闘い・IWGP王座に君臨

海外遠征から帰国後、武藤敬司・蝶野正洋とともに「闘魂三銃士」が結成される。

1990年12月、トニーホームと異種格闘技戦を行い、TKOで敗れる。

1991年2月、トニーホームと異種格闘技戦を行い、再び敗れる。

1991年12月、トニーホームと異種格闘技戦を行い、リベンジに成功する。

1993年6月、天龍源一郎とシングルマッチを行い、パワーボムで敗れる。

1993年8月、天龍源一郎とシングルマッチを行い、再度敗れる。

1993年9月、IWGPヘビー級王座を獲得する。この後、4回防衛する。

1994年2月、ノンタイトル戦で天龍源一郎とシングルマッチを行い、リベンジに成功する。

1994年5月、IWGPヘビー級王座を獲得する。この後、9回防衛する。

1996年4月、IWGPヘビー級王座を獲得する。この後、7回防衛し20回防衛を達成する。

 

小川直也との闘いが大ヒット・世間の注目が高くニュースステーションで報道

1997年4月、小川直也のプロレスデビュー戦の相手を務め、スリーパーホールドで敗れる。

1997年5月、小川直也と再戦しリベンジに成功する。

1999年1月4日、東京ドームで3度目の対戦を行ったが、小川がシュートを仕掛けてきたため、橋本は対応に苦慮し、全くかみ合わず、セコンド同士の乱闘が始まる騒ぎとなった。試合は無効試合となった。

1999年10月、小川との再戦で敗れる。

2000年4月、「負けたら引退」を公約し小川と再戦したが、リベンジに失敗する。橋本は会社に引退を申し出た。「橋本 vs 小川」は世間的注目が異様に高く、ニュースステーションで報道された。

2000年8月、ファンから百万羽の折り鶴を贈られ、引退撤回する。これについては、テレビ朝日で放送された。

 

ZERO-ONE創立

2000年10月、新日本プロレス内に別組織を作ろうとしたが反対され、11月に解雇となる。その後、新団体ZERO-ONEを創立する。

2001年3月、ZERO-ONEの旗揚げ戦を行う。その後、小川直也と組み「OH砲」を結成する。

2003年、ZERO-ONEと全日本プロレスとの抗争が始まる。

2003年2月、三冠ヘビー級王座を獲得する。

2003年11月、長州力との抗争が勃発(コラコラ問答)しする。

2004年2月、長州力とのシングルマッチに勝利する。

2004年11月、ZERO-ONEの団体継続が困難となり、負債は自らが負いフリーとなる。

 

脳幹出血で死去

2005年7月11日、脳幹出血で死去する。40歳であった。

橋本真也のタイトル獲得歴

IWGPヘビー級王座
IWGPタッグ王座
G1 CLIMAX優勝(1998年)
SGタッグリーグ優勝
三冠ヘビー級王座
NWA世界ヘビー級王座
ZERO1インターコンチネンタルタッグ王座


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