アントニオ猪木の祖父の言葉「乞食になるなら世界一の乞食になれ」
アントニオ猪木(猪木寛至)は、1943年2月20日、父・猪木佐次郎、母・文子の第9子として、神奈川県横浜市で生まれた。
寛至が5歳になる直前に父が亡くなり、寛至は近くに住んでいた祖父に預けられた。
寛至は自伝で祖父について以下のように記している。
祖父は、よく言えば豪傑、悪く言うと山師的な、スケールの大きい快男児だった。
良いときは天下を取る勢いだが、悪いときは無一文になってしまう。とにかく極端なのである。
それだけに、祖父には独特の人間的魅力があったと思う。
私はこの祖父が大好きだった。何しろ中学生になっても、祖父の布団に潜り込んで寝ていたのだから。
祖父はよく私たちに
「乞食になるなら世界一の乞食になれ」
と言った。
世界一の乞食と言われても、どんな乞食なのかよくわからなかったが、言わんとすることはなんとなく伝わった。
男なら何でも一番を目指せ。どの道でも世界に通用する人物になってみろ。そう言いたかったのであろう。
【出典】「アントニオ猪木自伝」
プロレスの名言「アントニオ猪木の名言」
- アントニオ猪木の祖父の言葉「乞食になるなら世界一の乞食になれ」
- アントニオ猪木「新日本プロレスは実力主義である」「うちでは道場で強い奴だけがメインイベンターになれる」
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