スタン・ハンセン

▼アメリカ・テキサス州出身
▼1949年8月29日
▼195cm140kg
▼ウエストテキサス州立大学→アマリロ地区等→WWWF→全日本→新日本→全日本

 

スタンハンセンの略歴

ウエスト・テキサス州立大学卒業後、プロフットボール選手になったがやめて中学校の教師をやっていた。その後、テリーファンクからスカウトされプロレスラーとなった。

1973年1月、アマリロでプロレスデビューする。後に全日本プロレスでライバルとなるジャンボ鶴田がアメリカ遠征しており同行することもあった。

1974年10月、USタッグ王座を獲得する。

1975年、全日本プロレスに参戦する。

ブルーノサンマルチノ首折事件で有名になる

1976年、WWWFに参戦する。ニューヨークMSGの大会でブルーノサンマルチノの骨を折り有名になる。(実際はハンセンのボデイスラムのミスによるものであったが、ラリアットで骨を折ったと宣伝された)

新日本プロレスでブレイク「不沈艦」「ブレーキの壊れたダンプカー」

1977年1月、新日本プロレスに参戦する。その後、継続参戦し、アントニオ猪木と戦うことにより才能が開花しブレイクする。実況アナウンサーの古舘伊知郎から「不沈艦」「ブレーキの壊れたダンプカー」と形容される。

1980年2月、NWFヘビー級王座を獲得する。

伝説の一戦「ハンセン vs アンドレ」

1981年9月、田園コロシアムで実現したアンドレ・ザ・ジャイアント戦は伝説の一戦となった。


▲観客の度肝を抜いた「ハンセン vs アンドレ」

全日本プロレスに移籍・ブロディと「超ミラクルパワーコンビ」

1981年、全日本プロレスに移籍し、12月から全日本プロレスのリングに上がった。ブルーザーブロディとのコンビは「超ミラクルパワーコンビ」と言われた。

1983年4月、インターナショナルタッグ王座を獲得する。

1983年9月、PWFヘビー級王座を獲得する。

1984年4月、ブルーザーブロディと組み、PWF世界タッグ王座を獲得する。

1986年7月、インターナショナルヘビー級王座を獲得する。

1988年7月、テリーゴディと組み、世界タッグ王座を獲得する。

1988年7月、UNヘビー級王座を獲得する。

1989年12月、天龍源一郎と組み、世界最強タッグ決定リーグ戦で全勝優勝を達成する。

1990年6月、三冠ヘビー級王座を獲得する。

四天王の壁として立ちはだかる

天龍が移籍し、ジャンボ鶴田が病気で第一線から退いたため、全日本プロレスは一気に世代交代し、四天王(三沢・川田・田上・小橋)が中心となった。ハンセンは、四天王の壁として立ちはだかった。

1992年、チャンピオンカーニバルで優勝する。

1993年、チャンピオンカーニバル2連覇を達成する。

1995年3月、三冠ヘビー級王座4回目の戴冠を達成する。

1996年1月、ゲーリーオブライトと組み、世界タッグ王座を獲得する。

引退を表明

2000年11月に引退を表明する。

2001年1月、ジャイアント馬場三回忌興行で引退セレモニーが行われた。

スタンハンセンが獲得したタイトル

NWA北米ヘビー級王座
NWA USタッグ王座
NWAテキサス・ヘビー級王座
NWAテキサス・タッグ王座
NWAコロンバス・ヘビー級王座
NWAジョージア・ヘビー級王座
NWAジョージアTV王座
NWAジョージア・タッグ王座
NWA世界タッグ王座(ミッドアトランティック版)
CWAインターナショナル・ヘビー級王座
AWA世界ヘビー級王座
WCW USヘビー級王座
NWFヘビー級王座
インターナショナル・ヘビー級王座
インターナショナル・タッグ王座
PWFヘビー級王座
PWF世界タッグ王座
UNヘビー級王座
三冠ヘビー級王座
世界タッグ王座
チャンピオン・カーニバル優勝(1992年、1993年)
WWE殿堂(2016年度)

 


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