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ヒクソングレイシー[ヒクソングレーシー]・・


◆ブラジル出身
◆1959年11月21日
◆178cm84kg
◆グレイシー柔術道場

 

 




グレイシー柔術を習得

1977年頃、グレーシー柔術・黒帯を授与される。

ホイスの「兄は私の10倍強い」発言で一気に無敗伝説が出来上がる

1993年、UFCに出場する弟ホイス・グレイシーのセコンドにつく。ホイス・グレイシーは見事に優勝してインタビューを受けた際に「兄は私の10倍強い」と発言し、ヒクソン・グレイシーが日本で試合をする前から無敗伝説が出来上がってしまう。

「VALE TUDO JAPAN OPEN」2連覇

1994年7月、「VALE TUDO JAPAN OPEN」に出場し、圧倒的な強さを発揮し、ほぼ無傷で優勝する。

1995年4月、再び「VALE TUDO JAPAN OPEN」に出場し、再び圧倒的な強さを発揮し、ほぼ無傷で2連覇を達成する。

高田延彦と船木誠勝から勝利

1997年10月、総合格闘技「PRIDE」で高田延彦と対戦し、腕ひしぎ逆十字固めで勝利する。

1998年10月、再び「PRIDE」で高田延彦と対戦し、再び腕ひしぎ逆十字固めで勝利する。

2000年5月、総合格闘技「コロシアム2000」で船木誠勝と対戦し、スリーパーホールドで勝利する。

ヒクソングレイシーの強さ・・「寝技の強さ」「最強イメージ幻想」「精神面の強さ」

寝技の強さ

ヒクソングレイシーは、グレイシー一族の中でも寝技の強さが別格であると言われていた。

1990年代、ヒクソン以外のグレイシー一族の人が、グレイシー柔術についての取材を受ける機会が多かったが、ヒクソンのグラウンド技術は別格であるという趣旨の発言が多くみられた。

最強イメージ幻想

弟ホイスグレイシーがUFCで優勝した直後に「兄は私より10倍強い」と発言したことにより、「最強イメージ」が拡大し、「400戦無敗」というような最強イメージが定着し、対戦相手にもかなりの圧力を与えたと考えられる。

当たり前のことだが、ヒクソンは、若い頃に柔術を習い始めた頃は、先輩と対戦して何度も負けている。

高田延彦は、ヒクソンと対戦する前に、ヒクソン最強の幻想が大きく膨らんでしまい「対戦した時はヒクソンが身長3mぐらいに見えてしまった」という趣旨のことを述べている。

精神面の強さ

船木誠勝は、ヒクソンと対戦する前に「ヒクソンより自分のほうが年齢が若く体力もあり有利であると思っていた」という趣旨のことを述べているため、ヒクソン最強の幻想に負けることは無かったと思われる。

試合では、船木がパンチでヒクソンの目を負傷させ、ヒクソンの視力を奪った。

しかし、ヒクソンは冷静さを失わず、視力が回復するまで耐え、視力が回復すると速攻で逆襲し、マウントパンチからスリーパーホールドに移行し勝利している。

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