■沖識名は力道山にプロレスを教えた
沖識名は、沖縄県出身でハワイに移住した日系アメリカ人である。
ハワイで相撲や柔道で活躍した後、1932年にプロレスラーとなった。
1937年には、NWAハワイジュニアヘビー級王座を獲得している。
1948年に現役を引退し、大相撲からプロレスに転向した力道山のコーチを務めた。
その後、力道山が創設した日本プロレスでレフェリーを務めた。
▲沖識名
プロレスを馬鹿にした人をボコボコにした沖識名
1965年、沖識名が61歳の時、拳銃不法所持で逮捕され留置されたことがあった。
留置場で「プロレスは八百長だろう」と絡んできた人がいたので
「俺が命を賭け、身体を張ってきたプロレスを八百長呼ばわりするとは許せない」
と激怒し、ボコボコにしてしまった。
※出典「群狼たちの真実」「力道山自伝」
沖識名のプロレスへのプライド・敬意
八百長とは「金をもらってわざと負けること」でありプロレスとは違う。
プロレスは、リング上の相手と勝敗を競うのみならず、試合内容を観客に認めさせなければならない、という「超高度な真剣勝負」である。
これを理解できない人は、プロレスに言及するのはやめたほうが良いだろう。
沖識名は引退後も、プロレスへのプライド・敬意を失っていなかった。
■沖識名のプロフィール
- オキシキナ[沖識名](1904-1983)■沖識名‥ ◆沖縄県出身 ◆1904年7月6日生