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オカダ・カズチカ(CHAOS)

 

 

▼愛知県安城市出身
▼1987年11月8日
▼191cm107kg
▼闘龍門→新日本プロレス

オカダカズチカの略歴

闘龍門からプロレスデビュー

2003年、中学卒業後、闘龍門に入門する。

2004年8月29日、メキシコでプロレスデビューする。ウルティモ・ドラゴンから指導を受ける。

2004年12月、ヤングドラゴン杯で優勝する。

新日本プロレスに移籍

2007年8月、新日本プロレスに移籍する。

2009年5月、NOAHとの対抗戦に抜擢される。後藤洋央紀と組み、杉浦貴・青木篤志と対戦し、結構痛めつけられて負ける。

2010年、アメリカTNAに遠征する。

2011年1月4日、東京ドームで後藤洋央紀と組み杉浦貴・高山善廣と対戦し、結構やられる。再びTNAに遠征を続行する。

レインメーカーに変身・IWGP王座を獲得・G1優勝

2011年12月、帰国し「新日本に金の雨を降らせる」と豪語し「レインメーカー」を名乗る。外道がマネージャーとなった。


▲レインメーカーのマネージャー=外道

2012年1月4日、メインイベント終了後、IWGPヘビー級王座を防衛したばかりの棚橋弘至の前に現れ、ベルト挑戦を表明する。棚橋弘至は「IWGPは遠いぞ」「力で上がってこい」と言い、挑戦受諾は保留した。その後、短期間で実績を示し、2月12日にベルト挑戦が決定した。

2012年2月12日、初挑戦でIWGPヘビー級王者となる。

「1・4東京ドーム権利証」争奪戦方式を始める。

2012年8月、G1クライマックスで初優勝する。史上最年少優勝となった。G1前に棚橋にベルトを奪回されており、翌年1・4東京ドームにおけるIWGP挑戦を要求し「権利書」を獲得する。このときから、各年G1以降の1・4東京ドーム権利証争奪戦方式が始まった。

プロレス大賞MVPを獲得する。

2012年12月、プロレス大賞MVPを獲得する。

2013年、棚橋にとられていたIWGPベルトの奪還に失敗し、鈴木みのるにもシングルで敗れたため、ハングリー精神を取り戻す必要を感じ、世田谷の高級住宅に引っ越し、家具を一新し、高級車を購入した。

2013年3月、ニュージャパンカップで優勝する。

2013年4月、棚橋弘至を破り、IWGPを奪還する。

2014年8月、G1クライマックスで2度目の優勝を達成する。

2015年1月4日、いつのまにかチャンピオンになっていた棚橋弘至からのIWGP奪還に失敗し、大泣きする。

2015年4月、AJスタイルズからIWGPを奪還する。

「天龍源一郎引退試合」がベストバウト賞を獲得する。


▲試合後、オカダは天龍源一郎に敬意を表して一礼

2015年11月、天龍源一郎の引退試合の相手をつとめた。天龍源一郎とシングルマッチで戦い、レインメーカーで勝利した。37歳年上で、この試合を最後に引退する選手が相手という、かなり難しい試合をこなし、この年のベストバウト賞を獲得した。

中邑真輔が離脱し後藤をCHAOSに加入させる。

2015年12月、プロレス大賞MVPを獲得する。

2016年3月、2月に中邑真輔がWWEに移籍したため、後藤洋央紀をCHAOSに加入させる。

2016年4月、内藤哲也との防衛戦でSANADAの乱入に苦しめられ、IWGPをとられる。

2016年6月、内藤哲也からIWGPを奪還する。

マツコと共演しパワーアップする。

マツコDXがMCをしているテレビ番組に出演し、プロレスが盛り上がっていることをアピールした。オカダは世間の知名度がアップし、いろいろな意味でパワーアップした。

ケニーオメガとの伝説の試合

2017年1月4日、G1優勝で挑戦権を獲得したケニーオメガと防衛戦を行い、45分かかってやっと勝つ。この試合は、世界的に賞賛を受けた。

2017年6月、ケニーオメガとの再戦で60分時間切れ引き分けとなり、6度目の防衛を達成した。

獲得したタイトル

ヤングドラゴン杯 優勝(2004年)
IWGPヘビー級王座
G1 CLIMAX優勝 (2012年、2014年)
NEW JAPAN CUP 優勝(2013年)
プロレス大賞MVP(2012年、2013年、2015年)


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