アントニオ猪木から受け継がれた新日本プロレスの伝統
新日本プロレスでは、「若手選手はこうあるべき」という伝統が守られてきた。
今の新日本プロレスでは、「ヤングライオン」といわれる若手選手が、この伝統を守り続けている。
若手選手は、派手なコスチュームは着けず黒いショートタイツを履き、チョップ、ボデイスラム、ボストンクラブという基本技のみで試合を組み立てる。
「強さ」を競い観客に伝える
派手な技は使わず、闘志をぶつけ合い、「強さ」を競い観客に訴える。
この伝統は、1972年の新日本プロレス創立以来の伝統である。
創立者アントニオ猪木は、これについて以下のように自伝で述べている。
新日本プロレスは実力主義である。日本プロレスや他の団体とは違い、うちでは道場で強い奴だけがメインイベンターになれる、という鉄則があった。
だから新人にも徹底的に「強さ」だけを教え込んだ。
見栄えのする技や客受けするパフォーマンスを若手がしようものなら、私が竹刀を持ってリングに走り、客の前で制裁を加えたものだ。
※アントニオ猪木自伝より抜粋引用
道場で鍛え抜かれた「強さ」が備わっているか
道場で鍛え抜かれた「強さ」が備わっていると認められた人のみがメインイベントで試合をすることが許される。
今のメインイベンターも、道場で鍛え抜かれて「強さ」が備わっていると認められた人たちである。
アントニオ猪木自伝に、新日本プロレス創立当初の雰囲気がわかる記述がある。
今は東京ドームを満員にする新日本プロレスも、最初のころは客も少なく、ガラス窓が割れたボロボロの体育館で必死に闘っていた。
昔からのファンに言われたことがある。
「あの頃、出張先で偶然、新日本の試合を見つけて会場に入ったら、客は寒くてジャンパー着込んで背中丸めてるのに、リング上の選手の身体からは、もうもうと湯気が立ち上っていたよ」
※「アントニオ猪木自伝」より抜粋引用
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