ヒクソングレイシーの「最強幻想」が拡大した
1993年、ヒクソン・グレイシーの弟・ホイス・グレイシーがUFCで優勝した後に「兄は私の10倍強い」と発言したことにより、ヒクソン最強幻想が拡大した。
1997年にヒクソンと初対戦した高田延彦は、対戦前にヒクソン最強幻想が大きく膨らんでしまい、対戦時は「ヒクソンが身長3mぐらいに見えてしまった」という趣旨のことを述べている。
ヒクソン最強幻想には負けなかった船木誠勝との試合で発揮されたヒクソングレイシーの強さ
2000年、ヒクソンと対戦した船木誠勝は、「ヒクソンより自分のほうが年齢が若く体力もあり有利であると思っていた」という趣旨のことを述べているため、ヒクソン最強の幻想に負けることは無かったと思われる。
試合では、船木がパンチでヒクソンの目を負傷させ、ヒクソンの視力を奪い、絶対的に有利な状況となった。
しかし、ヒクソンは冷静さを失わず、視力が無くなったことを悟られないように目をかばう動きは一切しなかった。
視力が回復するまで船木の攻撃に耐え、視力が回復すると速攻で逆襲し、マウントパンチからスリーパーホールドに移行し勝利している。

▲ヒクソンは船木の攻撃に耐えながらチャンスを待った
ヒクソンは、このときのことについて、以下のように述べている。
私が冷静に近づいていったとき、船木には全体が見えていなかった。あるいは私を見くびっていた。だから不意打ちを食らったのだ。
完敗したように見えた男が、自信たっぷりに攻撃を仕掛けることができたのはなぜだろう。だから船木は驚き、私が勝った。
確かなのは、私がどれほど自分を疑わなかったか、可能性を疑わなかったか、あきらめなかったかということだ。
負傷していたにもかかわらず、「ああ、大変なことになった」とは少しも思わなかった。
何があっても変わらない、勝ちたいという姿勢、自分の可能性を信じる心は、誰にも傷つけられることはない。
私が一生を通じてやってきたことがこのとき証明されたのだ。
※「DIAMOND ONLINE」の記事より抜粋引用
視力を失いながらも慌てず、視力が回復するまで待ち、チャンスを待ちながら反撃の準備をする、というようなことは、超人的な精神力と言うほかはない。
船木は体力面や技術面ではヒクソンに負ける要素は感じなかったかもしれないが、この超人的な精神力は船木の予想を超えていたのであろう。