■プロフィール

◆沖縄県出身
◆1904年7月6日生
■略歴
沖識名は、沖縄県出身でハワイに移住した日系アメリカ人である。
ハワイで相撲や柔道で活躍した後、プロレスラーとなった。
1932年、プロレスデビューする。
1937年11月、NWAハワイジュニアヘビー級王座を獲得する。
1948年、現役を引退する。
力道山のコーチを務める
1951年、大相撲からプロレスに転向した力道山のコーチを務める。
1954年、力道山が創立したプロレス団体「日本プロレス」でレフェリーとなり、1973年まで務めた。
1973年、日本プロレスを辞め、ハワイに戻る。
1983年12月15日、死去する。
■獲得したタイトル
NWAハワイジュニアヘビー級王座
■沖識名のいろいろ
力道山を指導
レスラー引退後に、日本プロレスの父・力道山にプロレスの基本を指導したことで有名である。
また、「鉄人」ルー・テーズが若い頃に、テーズにコーチをしたことが自慢であった。
日本プロレスのレフェリーを務めた
沖識名は力道山との縁で日本プロレスのレフェリーとなったが、力道山が亡くなった後もレフェリーを続け、1954年から1973年までの長きにわたって日本プロレスのレフェリーを務めた。
試合後に暴走した外人レスラーからシャツを破かれ上半身裸になるのが定番であった。
「プロレスは八百長だろう」と言った人をボコボコにした
拳銃不法所持で逮捕されたとき、留置場で「プロレスは八百長だろう」と言った人をボコボコにした。
「俺が命を賭け、身体を張ってきたプロレスを八百長呼ばわりするとは許せない」と言っていた。