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アニマル浜口「プロレスは"眼"なんです」




アニマル浜口は国際プロレス軍団の司令塔だった


▲アニマル浜口(引退後)

アニマル浜口は、1970年代に国際プロレスで活躍し、1980年代は新日本プロレスのリングで国際軍団の司令塔として印象に残るレスラーだった。

アニマル浜口は、所属していた国際プロレスが崩壊し、やむなく新日本プロレスのリングに上がったが、アントニオ猪木の姿を目の当たりにし、「プロレスとは何か」を追求し続けた。

アニマル浜口は、新日本プロレス所属ではなかったが、アントニオ猪木とともにプロレスをする機会に恵まれ、アントニオ猪木からプロレスをどんどん吸収した。

「アントニオ猪木のそばにいても何も吸収しない人」と「アントニオ猪木からどんどん吸収する人」この違いは大きい

以下は、アニマル浜口のインタビュー記事「【国際プロレス伝】アントニオ猪木が一度だけアニマル浜口を褒めたこと」からの引用である。

「新日本プロレスとの抗争を繰り返すなかで、僕は気づいたんです。プロレスは、”眼”なんです。敵と対峙する戦いにおいて、いかに眼の力が重要か。僕はそのことを、アントニオ猪木さんに教えていただきました。

僕は田園コロシアムで猪木さんと出会ってから、悩み、考え続けました。『新日本プロレスとは何か』『プロレスとは何か』をね。答えは、アントニオ猪木という不世出のレスラーにありました。新日というのは、すなわちアントニオ猪木さんであり、アントニオ猪木さんの”眼”にこそ、プロレスの真髄があったんです。

そんな猪木さんから、一度だけ認められたことがあるんです。といっても、直接ではなく、ある新聞記者から聞いた話ですが。

 ある日の試合前、猪木さんは新日本プロレスの選手を全員集めて檄(げき)を飛ばしたそうです。『俺はもう我慢がならない。お前らは俺と一緒にいながら何も盗んでない。アニマル浜口を見習え! アイツは俺の弟子でもなければ、新日の選手でもない。それなのに、俺が持っているものをみんな盗みやがった』

 うれしかったですね。猪木さんというのは、実によく人のことを見ている方だと思っていましたが、まさか自分のところに殴り込んできた人間のことまで見ていたとは……。あの時代の、いい思い出です」

【出典】「【国際プロレス伝】アントニオ猪木が一度だけアニマル浜口を褒めたこと」
【出典】https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/othersports/fight/2017/06/01/___split_16/index_4.php


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