■プロフィール
■藤波辰爾‥
◆大分県出身
◆1953年12月28日生
◆185cm108kg
◆日本プロレス→新日本→ドラディション
◆LEONAの父
■略歴
中学卒業後、地元大分の自動車整備会社に勤めていた。
1970年、別府温泉に来ていた日本プロレスの選手に入門を願い出て、巡業についていき、猪木の付き人となった。
1971年5月9日、日本プロレスからプロレスデビューする。
1971年12月14日、アントニオ猪木が日本プロレスを離脱し、藤波と木戸修が行動を共にした。
新日本プロレスの旗揚げに参加
1972年3月6日、アントニオ猪木が創設した新日本プロレスの旗揚げ戦に出場する。
1974年、カールゴッチ杯で優勝する。
1975年、西ドイツに遠征する。その後、アメリカに渡り、カールゴッチの指導を受ける。
ニューヨークで大ブレイク・日本でドラゴンブーム
1978年1月23日、ニューヨーク・マジソンスクエアガーデンでWWWFジュニアヘビー級チャンピオン・カルロス・ホセ・エストラーダをドラゴンスープレックスで撃破し、一気にスターダムにのし上がる。
その後、通算52回防衛する。
1978年3月、凱旋帰国し、オリジナル技でドラゴンブームを巻き起こす。
1980年、NWAインターナショナルジュニアヘビー級王座を獲得する。
ヘビー級に転向
1981年、ジュニアヘビー級のベルトを返上し、ヘビー級に転向する。
1982年、WWFインターナショナルヘビー級王座を獲得する。
名勝負数え歌が大ヒット
1982年10月、長州力との抗争が勃発し、「藤波辰爾 vs 長州力」は黄金カードとなり、古舘伊知郎アナウンサーの「名勝負数え歌」の名調子に乗って大ヒットした。
プロレス大賞MVPを獲得
1985年12月、木村健吾と組み、IWGPタッグリーグで優勝し、初代IWGPタッグチャンピオンとなる。
猪木から初のピンフォールを奪う。
1985年、プロレス大賞MVPを獲得する。
1986年6月12日、「藤波辰爾 vs 前田日明」が行われ、両者KOの名勝負となった。
飛龍革命
1988年4月、アントニオ猪木が後輩にメインをなかなか譲らない姿勢に対して不満を表明し、「飛龍革命」と呼ばれた。
1988年5月、IWGPヘビー級王座を獲得する。
1988年8月8日、挑戦者アントニオ猪木と選手権で対戦し引き分け防衛となる。
1990年9月30日、怪我からの復帰を機にリングネームを「藤波辰巳」から「藤波辰爾」に改名する。また、部屋別制度を提唱し「ドラゴンボンバーズ」を結成する。
NWA世界ヘビー級王座を獲得
1991年3月21日、東京ドームでリックフレアーに勝利し、NWA世界ヘビー級王座を獲得する。
WCWから変なイチャモンがあり、多少もめたが、WWE殿堂入りの際には「元NWA世界ヘビー級チャンピオン」と紹介されている。
1992年7月、CWAインターコンチネンタル王座を獲得する。
1993年8月、G1クライマックスで優勝する。
独立興行「無我」を旗揚げ
1995年10月、クラシックなプロレスを標榜するプロレス独立興行「無我」を旗揚げする。
1998年4月4日、東京ドームで佐々木健介に勝利し、IWGPヘビー級王座を獲得する。
2005年、NOAHの三沢光晴とタッグを組む。
新日本プロレス社長就任・ドラゴンストップ
1999年、坂口征二から社長を引き継ぐ。
2001年、東京ドーム大会「橋本真也 vs 長州力」の際に、藤波は解説席からレフェリーに指示し試合をストップさせた。これは「ドラゴンストップ」と呼ばれた。
2004年、社長を辞任し副会長になる。
2006年、新日本プロレスを退団する。
■藤波辰爾が開発したオリジナル技
ドラゴンスープレックス
フルネルソンの状態から、自分は後ろに反りブリッジをする動きで相手を真後ろに投げ、相手が着地したら自分はブリッジしてフォールする。
ドラゴンロケット
リング外の相手に一直線に飛んで体当たりする技である。一般的には「トペ・スイシーダ」と呼ばれるが、藤波辰爾がジュニアヘビー級であった1970年代後半では珍しい技であった。プロレス実況の古舘伊知郎アナウンサーが「ドラゴンロケット!」と絶叫したため、この名称が定着した。
ドラゴンスリーパー
相手が尻餅の状態で、相手を後方にのけぞらせ、相手の首を片腕で抱え、もう一方の腕で相手の腕を抱えて固定する。首を抱えた腕で頸動脈を圧迫する。
ドラゴンスクリュー
相手の片足を抱えて自分の腹部に固定し、もう一方の腕で膝裏をすくいながら、自分は回転して倒れこむことにより、相手の足をねじる。
ドラゴンストップ
2001年、東京ドーム大会「橋本真也 vs 長州力」の際に、藤波は解説席テレビ解説をしていた。試合は橋本と長州が互いにフォールしようとせず、打撃技のKO勝ちばかりを狙っていた。
解説席で同席していた山崎一夫が、「二人とも潰れちゃいますよ! 藤波さん、止めなくていいんですか! 藤波さん!」と何度も呼びかけていた。
藤波は、これ以上は危険だと判断し、解説席からリング上のタイガー服部レフェリーに両手を×の字にクロスして見せ、試合を中止させた。これは「ドラゴン・ストップ」と呼ばれた。
■獲得したタイトル
NWA世界ヘビー級王座
NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座
NWAパシフィック・ノースウェスト・ヘビー級王座
MSGタッグ・リーグ戦優勝
ジャパンカップ争奪タッグ・リーグ戦優勝
G1 CLIMAX優勝
SG TAG LEAGU
IWGPヘビー級王座
IWGPタッグ王座
WWFインターナショナル・ヘビー級王座
WWFインターナショナル・タッグ王座
WWWFジュニアヘビー級王座 / WWFジュニアヘビー級王座
WWE殿堂
WCWA世界ヘビー級王座
CWAインターコンチネンタル・ヘビー級王座
UWA世界ヘビー級王座
KO-Dタッグ王座