レスラーの強さ megamatsuko
レスラーの強さ
プロレス論 三沢光晴「人間を表現できるレスラーは本物」
プロレスラーの人間性 丸藤正道からオカダカズチカへの最高の誉め言葉「プロレス好きだな」
夢・希望 田口隆祐「スポットライトを浴びて満足しているんじゃない。自分が光り輝け。」
Human アントニオ猪木「新日本プロレスは実力主義である」「うちでは道場で強い奴だけがメインイベンターになれる」
■アントニオ猪木‥
カールゴッチの名言 カールゴッチ「レスリングというのは自分との闘いなんだ。ステロイドの誘惑にも勝てないような奴が、どうして自分との闘いに勝てるんだ。」
カールゴッチの名言 カールゴッチ「いかなる格闘技でも、もっとも恐ろしいのは関節技なのだ」
■カールゴッチ‥
プロレス論 中邑真輔「一番すげーのはプロレスなんだよ」プロレスと格闘技を極めた中邑真輔が一貫して言い続けたこと
■中邑真輔‥
page 変形アームバー
相手をうつぶせにして、自分の足で相手の片腕を極めて固定し、さらに相手のもう一方の腕を絞め上げる。
カールゴッチの名言 カールゴッチ「勝ちたい、という気持ちさえ、闘いにおいては邪魔になるのだ。その瞬間、もっとも効果的な技を出すことだけを考えるんだ。」
Human アントニオ猪木「7の相手に9の力を出させて10の力で勝つ」
■アントニオ猪木‥
page ジムブレイクスアームバー・・
うつ伏せになっている相手の背中越しに片足で相手の頭と背中を押さえながら、相手の両腕を極める。
レスラーの強さ 小橋建太のことを天龍源一郎が言った言葉「今にこいつに食わせてもらう日が必ず来るぞ」
カールゴッチの名言 カールゴッチ「投げっぱなしジャーマンはブリッジができない奴の言い訳」
トップページ ■カールゴッチは「プロレスの神様」カールゴッチは、日本にジャーマンスープレックスをもたらし、様々なプロレス技術を日本に伝えた「プロレスの神様」である。カールゴッチは、レスリング選手時代は、ベルギー王座7回獲得、1948年のロンドンオリンピック出場という輝かしい実績があった。プロレスラーになってから、レスリングのスープレックス(後ろに反りながら投げる技)を応用し、ジャーマンスープレックスをプロレス技として開発した。カールゴッチは実際はベルギー人だったが、プロレスのギミック上ではドイツ人となっていたため、「ジャーマンスープレックス」と名付けられた。▲カールゴッチの見事なジャーマンスープレックス■カールゴッチ「投げっぱなしジャーマンはブリッジができない奴の言い訳」カールゴッチは、力道山が創設した日本プロレス、アントニオ猪木が創設した新日本プロレス、90年代に次々と創設された格闘技系団体の技術体系に大きな影響を与えた。1990年代、投げっぱなしジャーマンが流行した時、カールゴッチは、レスリングの基本的な動きであるブリッジが疎かにされていることを痛烈に批判した。そのときに発した言葉
page 1945.09.27・・昭和天皇とマッカーサーが会見・マッカーサーが態度を変えた昭和天皇の言葉「一切の責任はこの私にあります」
昭和天皇とマッカーサーが会見
Human アントニオ猪木「アントニオ猪木流のストロングスタイル」とは
■アントニオ猪木‥
page エルエスクレロ・・
相手の片腕と片足を自分の両足で挟み、背中越しにもう一方の腕をかかえて丸め込む。
page ゲリラ・ウォーフェア・・
DDTの体勢になり、もう一人が相手の両足を持ち上げて、角度をつけながら頭から落とす。
Human アントニオ猪木の祖父の言葉「乞食になるなら世界一の乞食になれ」
■アントニオ猪木‥
page 1945.08.06・・アメリカが広島と長崎に世界初の原爆投下・トルーマン大統領が原爆投下を正当化「原爆により命が救われた」
アメリカが原爆投下